麻婆豆腐と甘い罠

わたしには、後悔めしというものがある。



日比谷の駅ビルにある、人がごった返す中華料理屋さん。営業先と職場の乗換駅なので、頻繁に通りかかる。たまに、半自動的に店に吸い寄せられる。

きまって注文するのは、名物の麻婆豆腐。
毎度、苦くて熱くてビリビリして、3分の1しか食べられない。
おまけに雑多なお店の雰囲気ときた。
ガヤガヤした人の波に放り出され、異国の店員さんは大声をあげても気づいてくれない。

まさに、孤軍奮闘。
こんなにも大きな街で、閻魔様のような麻婆豆腐と汗水たらし内臓を燃やし、ポツンと闘っている。
なんだかきゅうに虚しくなる。



心身ともに消耗し、食べるといつも後悔するから、後悔めし。
でも、ときどき、むしょうに、どうしようもなく、食べたくなってしまうのだ。
そして、注文して、後悔する。
その繰り返し。エンドレス。



辛いものが、好きだ。
激辛好きなんて人もいるから、世間では一定のポジションを得ているように思う。

大量の唐辛子を口いっぱいに頬張ることを、想像してみる。手足が痺れ、胃は痛み、身体は熱って、顔は真っ赤で、汗が吹きでる。
まてよ、これって、生物的には、とっても「不快」な状況じゃないか。
一過性だからいいけど、この症状がずっと続いたら、迷わず、病院にいっちゃうよ。



ふとおもう。
人間って、わざわざ、不快な状況を追い求めているのではなかろうか。
刺激のせいで、なんだか麻痺しちゃって、「不快」が「快感」だと思い込んでいるのではないか。

取るに足らないことで、落ち込んで。
変わらない自分に、嫌悪して。
報われない恋に、悩んで。
正解のない葛藤が脳内を占領する。



その繰り返し。



あまーいコーンスープみたいな、
栄養のある、優しい味のものだけを、摂取し続ければいいじゃないの。
後悔するくらいなら、地獄みたいにグツグツした、麻婆豆腐になんて、近づかなきゃいいじゃない。



でも、きっとわたしは、この先も、後悔めしを食べたくなる。
そして、食べては、後悔するだろう。



ごちそうさまでした。